ギタリスト、小原聖子先生が2007年10月24日付日本経済新聞に寄稿された『父と支えた日本ギター界』と題する記事を入手しました。
日本クラシックギター界の発展と歴史が述べられていて、貴重で、興味深いものだと思います。ここに紹介させていただきます。
下の記事写真では読みにくいと思われますので、全文を下に転載しました。
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『父と支えた日本ギター界』
~ 民間の手で世界的コンクール。来月に第50回大会 ~
小原 聖子
今年6月「現代ギター」という雑誌の40周年を記念したコンサートが東京で開かれた。出演者の一人として招かれた私は、若いギタリストたちと合奏し、皆に「ギター界のお母さん」と呼ばれた。自分の生まれた意味を言い当てられたようで、うれしかった
♪♪♪ 道一筋、草分けの父
私の父、小原安正は日本のクラシックギターの草分けである。北海道士別市に生まれ、第二次大戦前から独学でギターを学び、この道一筋に生きた。自分の演奏活動だけでなく、日本のギター界全体の発展を常に考えた人で、弦や楽器、雑誌や楽譜出版などすべてにかかわった。ちなみに冒頭の「現代ギター」を創刊した河野賢(まさる)さんは、既に故人だが優れたギター製作家で、国内外の多くのギタリストが作品を愛用している。その彼も、父の呼びかけでギター製作を始めた。
さらに奏者の発掘、育成のため、父は戦後間もない1949年、日本初の「ギターコンクール」を始めた。まだ日本のギター人口は少なく、周囲には反対されたらしい。当時、6歳でギターを学び始めたばかりだった私は記憶にないが、95歳の母によれば、第一回では、審査員の方たちのお弁当にと、母はてんぷらを山のように揚げて天丼を作ったという。まさに手弁当のコンクールだったようだ。
そのギターコンクールも今年、50回を迎え、11月22、23日に二次予選と本選が東京文化会館小ホールで開催される。私は75年から審査にかかわり始め、今は日本ギター連盟副会長としてコンクールを主催している。
♪♪♪ 演養で立身、強い情熱
初期のコンクール参加者たちは、今の奏者に比べれば技術はもう一つだった。楽譜も楽器も満足にない時代だったからだ。でも、ギターが好きでたまらない、何とかしてこれで身を立てたいという強い情熱が演奏には満ちていた。
一位になって、大喜びで優勝カップに酒を注いで飲んだり、逆に負けた悔しさから大声で泣いて審査員に食ってかかったり。皆、命懸けだった。優勝者への賞金、賞品の中に新品のギターがあったことも大きかったようだ。
海外にもギターコンクールはあるが、たいていは国や自治体が主催している。民間の運営で続けてきて、国際的な評価も得ているのは私たちのコンクールだけだろう。それだけに資金は厳しく、初期は、いろいろな支払いの催促に自宅に来る人たちに、子供の私が何度「父も母もいません」と答えさせられたことか。今でも、本選の参加者にはホテル滞在ではなくホームステイをしてもらう。なお出る赤字は、ギター連盟会員有志によるチャリティーコンサートで埋める。
私の背を押しているのは自分よリギター界を優先した父の姿だ。例えば、楽譜の入手が困難な愛好家のために、父はよく自分で譜面を写譜していた。一時期「ギタルラ」というギター専門誌を出していた父は、そこに「楽譜のない方は差し上げます」と書いたのだ。そのうちあまりの数に、助手の手も借りていた。
60年代に入ると、セゴビアやイエペスなど有名奏者の来日などで日本にギターブームが到来した。先述の「現代ギター」誌が創刊され、コンクールを主催する日本ギター連盟も社団法人になった。40年前に、日本ギター界が大きく胎動を始めたように思う。
♪♪♪ 作曲家の育成も視野に
そして今や、日本は世界有数のギター大国である。楽器や弦の水準は高く、楽譜や出版物、CDも多い。コンサートも盛況で、私たちのコンクールにも、一般公開する二次予選と本選には、全国からたくさんのギターファンが集まる。開場前から並んで、好みの席を走って取る観客もいる。
父がスペインに留学した54~56年など一部の例外を除き、コンクールは毎年開催してきた。82年には「東京国際ギターコンクール」に改称、世界中から参加者を受け入れている。近年は欧州やアジア諸国からの入賞者が増えたが、第一回で一位になった阿部保夫さんをはじめ、歴代入賞者にはその後、日本ギター界をけん引した方が多い。現役奏者として人気の村治佳織さんや弟の奏一さんも、十代で一位を取った。
今後はコンクール発展のため、本選の課題曲を日本の若い作曲家の新作にしたいと願っている。父と同様、ギター界全体の発展のために、作曲家の育成も視野に入れたいのだ。ギターは誰にでもできる庶民の楽器だ。それでいてオーケストラに負けない分厚い演奏もできて、つくづく、いい楽器だと思う。
(おばら・せいこ=ギタリスト)
2007年(平成19年)10月24日(水)日本経済新聞<文化欄>掲載記事
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